20歳までに頑張ったこと【大学受験編】2/3

sponsored link

田舎の底辺中学から難関大を志望した理由

結論からいうと「自分がワクワクする世界に飛び込みたかったから」というのが、田舎の底辺中学から難関大を志望した理由です。

私は生後から高3までの18年間を宮古島で育ち、小中は野球部に属していました。

学校の授業もやりたい放題にふざけ、放課後は野球をしたり海で泳いだりという自由な生活。

一学年200人ほどで男女の壁はなく、夏には文化祭や花火大会など青春イベント目白押し。

何一つ不自由などない順風満帆な生活を送っていたのですが、心の中では常に「本当にこのままでいいのだろうか」という漠然とした不安がありました。

島の大人達は浴びるように酒を飲み、理想の職業は「公務員」一択。

年長者の発言が絶対で「普通」の生き方を好み、変わった価値観を激しく否定する。

私はそんな大人達に子どもながら強い嫌悪感を抱いていました。

自分が本当にやりたいことは何なのか?この平凡な日々は自分が望んでいるものなのか?

当時中学生のTom少年は、数十年後の人生がハッキリ見えてしまったとき「早くこの島から出なければならない」という危機感を感じました。

そこで東京の大学を目指すのですが、親や親戚を説得するには琉球大学よりも上の大学を志望する必要があります。

そして考えに考え抜いた結果、高校では部活に入らず勉強に全てを捧げ東京の国立大学を目指すことにしました。

掲げた3つの目標

島の高校(宮古高校)に入学した私は、志望校に合格するために3つの目標を掲げました。

  1. 学年トップになる
  2. センター試験で結果を出す
  3. 志望校の模試でA判定を取る

学年トップになる

宮古高校では例年、成績トップ10が琉球大学に合格します。

ただ私が志望する大学はそれよりも遥か上の大学なので、学年トップが必須命題でした。

結論からいうと、5教科7科目の試験で学年トップになることはありませんでした

第一志望こそ国立の大学でしたが、国語や地理などの文系科目が壊滅的だったのです。

どうしても文系科目を勉強する気になれなかったので、途中から「学年トップ→理系トップ」と目標を変えました。

当時数学が大好きで難関大の問題もスラスラ解けていたのですが、学校のレベルになると「凡ミス」をすることが多く、なかなか満点を取りきれずにいました。

学校のテストは難易度が低いだけに、いかにミスを減らせるかが鍵となります。

そのために自分のミスの傾向について分析し、本番でミスを防ぐ方法について考えました

その結果「問題文後半の条件式を読み飛ばす傾向がある」「結論を導く際の暗算で計算ミスが多い」ということがわかりました。

さらに点数を安定させるために、本番中のミスを前提として時間内に修正する方法についても考えました

すると「答えを求めた後に都度検算する」「文中の条件式に下線を引く」などいくつかの方法を思いついたので、それらを全て実践し、自分に合うものを探しました。

結果的に「爆速で解き何度も見直しする」という方法が最適だと感じ、それを実践することで難易度が低いテストでもコンスタントに満点が取れるようになったのです。

このようなトライアンドエラーを繰り返したことで、理系科目ではトップになることができました

センター模試で結果を出す

国立を受験する際にはセンター試験をパスしなければならず、練習から点数を安定させる必要があります。

そのためにとにかく場数を重ねようと思い、2ヶ月に1回行われる東進模試を毎回受けていました。

※島で唯一受けられる外部模試が東進模試しかありませんでした。

センター模試では結果が出ずいつも涙を飲んでいましたが、ここで折れたら到底志望校には受からないだろうと思い踏ん張ります。

模試を受けるたびに塾の先生には、志望校のランクを下げろと何度も忠告されていましたが、これまで応援してくれた人たちを裏切るようで簡単には諦められませんでした。

そこで周りの大人を黙らせるために本格的にセンターで点数を狙うための計画を立てます。

まず、年間>月間>週間単位でそれぞれ使用する参考書・目標点などを具体的に設定しました

※細かなテクニックは割愛します。

「どの参考書を終わらせればどれほどの点数が見込めるか」「その参考書をマスターするには何時間ほどかかるか」など、インターネットや1つ上の先輩を使ってリサーチをかけました。

そして合格するための大枠が出来上がったのは良いですが、なかなか集中力が続かず結局1日に8時間程度が私の限界でした。

それを見越して予め計画にバッファを設けていたので、予定通り点数も上がり無事にセンター模試で結果を出すことができました。

結果が出ると周りの大人からも認められるようになりメンタルも安定したことで、本番でもそこそこの結果を残すことができました

※数IIBは満点、物理は96点。他は秘密。

志望校の模試でA判定を取る

難関大レベルになると、センターより2次の点数が直接合否に直結します。

2次試験の対策はセンターよりも楽しんで勉強できたのですが、それでも合格するまでには時間が足りません。

そこで「学校の休み時間を全部勉強に捧げ、高校の夏季講習を免除してもらう」という強行策に出ました。

当時私は、休み時間で勉強するために交友関係を制限し、高校の夏季講習免除のために先生に直談判しました。

※やりすぎだと思われるかもしれませんが、本当に必死でした。。

交友関係を制限したのは、周りの友達のほとんどが大学受験をしない層だったからです。

また夏季講習免除に関しては、一つ上の東大志望の先輩が行っていたのでパクリました。

結果2次試験の勉強時間を確保することができ、高3夏にあった志望校の記述模試でA判定を出すことができたのです。

最終的にその大学は不合格となったのですが、一度A判定を出すことができたおかげで最後までモチベーションを保つことができました。

※それまでは塾の先生に「合格はかなり厳しい」と言われ続けていたので、少しでも希望の光が見えたことが本当に嬉しかったです。。

Comment