20歳の僕が学生時代に頑張った3つのこと【大学受験編】2/3

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はじめに

今回は前回の続きということで、第二部「大学受験編」をお伝えします。

具体的なテクニックや結果の推移などはまたいつか別の記事でお伝えし、今回は要点のみを丁寧にお伝えしていきたいなと思います。

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田舎の中学から難関大を志望した理由

自己紹介にもある通り、私は生後から高校3年までの18年間を宮古島で育ちました。

小中は野球部で、友達と野球をしたり海に行って遊んだりという日々。

一学年200人ほどで、男女の壁はなく、絵に描いたような「楽しい」学校生活でした。

しかし、私の中には常に「本当にこのままでいいのだろうか」という強い疑問がありました。

島の大人達は浴びるように酒を飲み、理想の職業は「公務員」一択。

決められたレールの上で、力や権力の強い人に従属する世界。

普通」の生き方を好み「変わった価値観を持つ人を激しく否定」する。

私はそんな大人達に、子どもながら「強い嫌悪感」を抱いていました。

確かに、周りの友達には恵まれ楽しい学校生活を送れていましたが「日常に刺激が無く、真に充実していない」ことに気がつきました。

そこで、一刻も早くこの島から飛び出し「自分がワクワクするような世界に飛び込みたい」と感じ「中学3年で難関大を受験すること」を決意しました。

ではなぜ「中3で難関大志望」なのかと言うと、理由は大きく5つあります。

  1. 高校までは家族と一緒にいたい
  2. 県外の大学へ行く事で周りの大人を見返したい
  3. 能力の高い人に揉まれて自分をを成長させたい
  4. 学歴を手にしてカッコ良い自分になりたい
  5. 本当にやりたい事を見つけるために選択肢を広げたい

底辺高校から難関大に合格するために立てた目標

当時島の高校に入学した私は、以下の3つの目標を掲げました。

  1. 理系分野で学年トップになる
  2. センター模試で常に結果を出す
  3. 志望校(国立)の模試でA判定を取る

1.理系分野で学年トップになる

これは意外だと思われるかもしれませんが、私は高校3年間で総合順位学内トップを取ったことがほとんどありません。

私は得意分野が理系分野に偏重していたので、全体的に力をつけるよりも「理系科目で学年トップになる」ことを目指しました。

底辺学校とは言え周りには東大・医学部志望が数人いたので、簡単にトップが取れるわけではありません。

私は「応用問題(特に数学)」が得意なタイプで、難関大の過去問などが授業中に出されれば無双できるのですが、センター試験のタイプでは「凡ミス」をすることがよくありました。

学校のテストは問題が簡単なだけに「いかにミスを減らせるか」が鍵となります。

そこで私は「自分はどんな問題でミスをする傾向にあるか」について分析し、本番でミスを防ぐ方法について考えました。

まず自分の傾向を把握するために、過去の模試で間違えた問題を再び解いてミスをカテゴライズしました。

結果的に「問題文の後半の条件式を読み飛ばしている」「結論を導く際の暗算が間違っている」という傾向を見つけることができ、それを次回以降の模試で意識することで格段にミスの数が減りました。

次は、本番中にミスを防ぐ方法です。

自分の中で対策として「圧倒的な速さで解き、何度も見直しをする」「答えを求めた後に頭の中で検算する」「条件式に下線を引き自分に注意を促す」の3つが思い浮かんだので、それを全部試して見る事にしました。

結果、「答えを求めた後に頭の中で検算する」というやり方が、自分に最もあっていることに気づき、点数を安定させることに成功しました。

つまりここで私の成功要因として挙げられることは「現状を俯瞰して一つずつミスの原因を潰していく」ということです。

これらの小さな努力を積み重ねることで、私は「理系分野で学年トップ」になる事ができました。

2.センター模試で常に結果を出す

まずセンター模試で結果を出すために私が考えたことは「とにかく模試の数をこなす」という事でした。

しかし学校で行われる進研模試は、センター試験よりも「はるかにレベルが低い」ので、学校外で受ける模試の数を増やす事にしました。

宮古島で模試を受ける事ができるのは、島に一つあった東進衛星予備校だったので、学部生としてその模試を「何があっても毎回必ず受ける」と決めました。

自分自身の状況を客観的に見て全国の受験生との距離を測り続けるためです。

※外部生なので値段は高いのですがw

当時は難しい問題を解く事が好きでセンター対策をほとんどしていなかったので、模試の結果も惨憺たるものでした。

そして塾の先生にも「志望校のランクを下げた方が良い」と何度も忠告されました。

しかし私は高校1~2年にして旧帝大クラスの数学の問題がある程度解けていたので、自分は力がないわけではないと信じていました。

この「自分自身への期待」と「周囲からの評判」にあるギャップをどう埋めるかを考えたところ、やはりセンター模試で結果を出し続けるしかないと思いました。

そのためにまず、自分の状況を俯瞰してみて「目標点から逆算して具体的な計画を立てる」 ことにしました。

流れとしては「本番のセンター試験で取りたい点数を決める(長期目標)」→「いつまでにどのくらい点数を取れば良いかを定める(中期目標)」→「次の模試で取る具体的な点数を決める(短期目標)」というもので、各フェーズに応じて必要な参考書とそれを終わらせるのに必要な時間を、先輩からの情報を元に全て計算しました。

すると「合格までの道筋」と「今自分がやらなければならない事」がはっきりしたので、後はそれを実行するだけでした。

もちろん思うような結果が出ないことも沢山ありましたが、予めバッファを設けて予定を立てていたので、都度リスケをしながら着実に点数を伸ばしていきました。

センター模試の点数が上がった結果「周りからの信頼」を勝ち取り、その後の受験勉強もやりやすい環境が用意されるようになりました。

そして「結果が出なくても模試を受け続けること」「ゴールから逆算して具体的な目標を立てること」を実践した結果、本番のセンター試験では、数学IIBは満点、物理は96点取る事ができました。

3.志望校(国立)の模試でA判定を取る

センター試験はともかく、難関大では「2次試験で点数を取る」ことが合格への近道となります。

前述したように、私は難しい問題を解くのが好きだったので、センター試験よりも対策が楽しいと感じていました。

しかしセンター対策で時間を捻出しすぎると、肝心の2次試験の対策ができません。

そこで「学校の休み時間で勉強する」「学校の夏季講習を免除してもらう」という強行策に出ました。

休み時間で勉強するためにまず「交友関係を制限する」ことにしました。

私の高校は大学受験をする人数自体が少ない(=ほとんど専門学校へ行くか就職する)ので、周りと同じように行動していれば「難関大に受かるはずがない」ことは自明でした。

初めは「遊びの誘いを断る」「友達との楽しい会話を減らす」ことに抵抗がありましたが、周りの人は私が難関大を目指しているという事を知っていたので、良好な関係を続けながら私の受験を全力で応援してくれました。

次に、夏季講習を免除してもらうために「先生に直接交渉に行く」ことをしました。

私は両親が厳しく、学校を休むことは絶対に許されない環境だったので、学校の先生に交渉して「難関大を受験したいので夏季講習を免除してほしい」との旨を伝えました。

夏季講習で貴重な夏休みが拘束されてしまうと受験に多大な影響が出ることは容易に想像できたからです。

もちろん一筋縄ではいかなかったのですが「同じ難関大を目指す仲間を連れて交渉に行く」「直前の模試で結果を出して信頼を勝ち取る」ことで、夏季講習期間は別室で自習する事を特別に認められました。

最終的には「休み時間」「夏季講習の時間」を全て2次試験対策に充てる事ができ、志望校(国立)の記述模試では「A判定」を取ることができました。

このことから私は「努力次第で時間は作り出す事ができる」という事を学びました。

おわりに

以上が、20歳の僕が学生時代に頑張った3つのこと【大学受験編】でした。

ここまで長い文章を読んでくださり、ありがとうございます。

田舎から難関大受験を考えている学生の参考になれれば幸いです。

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